コラム:スターリン時代のソ連史研究と一次史料(寺山恭輔)

筆者の専門はスターリン時代のソ連史で、ソ連崩壊後に可能となったロシアの公文書館史料を活用し研究を進めてきました。他人が利用していない史料を発掘するか、或いは異なる発想で議論を組み立てて新説を打ち出そうと試みるのが歴史研究者の性です。日本史を対象とする上廣歴史資料学研究部門とやることは同じです。しかし、新型コロナウィルスの蔓延、それに続くロシアのウクライナ侵略戦争で、2000年3月以来すでに5年近くモスクワを訪問できず、現地で史料を閲覧する機会がありません。
それでもコロナ期には長年収集していた史料を改めてテーマ別に整理し直し、スキャンとアップロードにより自宅と大学の研究室での作業が可能となりました。この作業により、かつて収集したものの論文に使用しなかった文書に、検索機能によって比較的容易にたどり着けるようになりました。こうしてここ数年は辛うじていくつかの論文を作成し、「研究者」を名乗り続けることができています。
ロシアの公文書館では史料の写真撮影が認められず、複写枚数にも制限があり時間もかかるため、受け取りは翌年の出張時となり、1年前の史料の内容を忘れているということがしばしばでした(例えば英国なら公開史料の写真撮影は無制限かつ無料)。このような制約がありながらも、これまで30年近く、科研で出張する短期間(3週間~1ヶ月)に、これはと思う一次史料をできるだけ大量に発掘するという地道な作業を続けてきた結果、今でも研究が可能になっています。2011年の3.11震災時には研究棟が被災し、本来の研究室に戻れたのは2013年9月でした。この時も図書館、プレハブと居場所を変えながら研究を続けました。震災やコロナ渦、フィールドワーク対象地への渡航困難といった障害があることで逆になんとか工夫して成果を出そうという闘争心が生まれてくるのかもしれません。一方で3年近い戦争はやまず、ウクライナでの殺戮が続き貴重な生命が失われています。ロシアで新しい民主的体制に刷新されれば、史料状況も劇的に変化し、スターリン体制と並んでプーチン体制の研究が進められることになるでしょう。(東北大学東北アジア研究センター教授)