コラム:毛利コレクションの埴輪と杉山寿栄男(泉田邦彦)

 石巻市博物館には「毛利コレクション」と呼ばれる、石巻市住吉町在住の故毛利総七郎が集めた10万点を超える資料群があります。このうち考古資料群は、明治末年から昭和初期にかけて、毛利と畏友遠藤源七が石巻周辺の遺跡の発掘調査を行い、精力的な収集活動によって築き上げました。彼らが共同管理した考古資料群は、毛利家に建てられた私設博物館「石巻考古館」で公開されてきましたが、昭和36年(1961)沼津貝塚(石巻市)出土品のうち2,219点が、東北大学に移管されました。昭和38年(1963)には473点が国指定重要文化財に指定され、現在は東北大学片平キャンパスの文化財収蔵庫(赤レンガ倉庫)で保管されています。
 さて、毛利コレクションの醍醐味は、原資料のみならず、発掘日誌や写真、3000通を超える毛利・遠藤宛書簡が現存しており、それを分析することで資料収集の背景にある交流の実態を窺い知ることができる点にあります。特に注目されるのが、毛利・遠藤にとって親友とも呼べる存在になった、東京在住の杉山寿栄男です。杉山は、杉山図案所を経営するデザイナーであり、原始工芸やアイヌ工芸に関する多くの著作を残しました。彼らの所蔵資料も『考古図集』をはじめ、杉山の著作にたびたび掲載されています。
 一方、杉山は、考古資料・アイヌ民族資料等の蒐集家としても著名な存在でした(東北歴史博物館「杉山コレクション」として一部が現存)。東京の古道具屋で彼らの好みの品を見つけると、連絡あるいは購入するなど蒐集の手伝いをしたり、時には自分の集めた資料を分譲し、資料蒐集のために一緒に旅行したりするなど、コレクション形成に大きく寄与しています。最近、毛利コレクションの杉山書簡を分析する中で、彼らの蒐集した埴輪は、昭和10(1935)~14年前後、群馬県藤岡町の浅見作兵衛、同県伊勢崎市の相川之賀の蒐集品を、杉山が交渉して購入した経緯が浮び上がってきました。
 今後も資料と書簡の分析を進め、一大資料群形成の背景を探っていきたいと思います。
                                                   (石巻市博物館)

 

 

 

 

 

 

 

(写真1)昭和2年(1927) 前列が杉山寿栄男、後列左から毛利総七郎・遠藤源七

 

 

 

 

 

(写真2)石巻考古館における埴輪の展示

※毛利コレクション特集展「在野の考古学をひも解く-交流と蒐集-」開催中!→ チラシ
  会期:2023年7月15日~11月12日
  会場:石巻市博物館
   詳しくはこちらをご覧ください https://makiart.jp/foevent/event2023071502/