コラム:浮世絵師・歌川広重が描いた松島(萬年香奈子)

 日本三景の一つとして広く知られる松島は、古くから意匠として美術作品に取り入れられてきました。今回は数多く描かれた「松島図」の中から、歌川広重『六十余州名所図会』シリーズの「陸奥 松島風景富山眺望之略図」をご紹介します(図1)。
 『六十余州名所図会』は嘉永6年(1853)から安政4年(1857)にかけて制作された錦絵です。このシリーズは作者の歌川広重が没する前年に完成しました。諸国の名所を題材としたいわゆる名所絵であり、五畿七道(五畿内・東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道)の68ヶ国から一つずつ選ばれた名所に、江戸の「浅草市」を加えた69図の名所絵、そして目録1枚を加えた全70枚から構成されています。
 「陸奥 松島風景富山眺望之略図」は松島四大観の一つ、麗観「富山」から松島湾を見下ろした風景を描いており、松島湾の島々の他には帆船や小舟の姿も確認できます。そしてとても小さな文字ですが、「ナコメ」「白ハマ」などと当時の島名・地名が記されています(図2)。これらの地名の一部は「名籠(ナコメ)」「白浜島(白ハマ)」というように現在でも残っており、地図上で照らし合わせていただくと、この作品がやはり富山周辺から松島湾を望んだ風景を描いていることがおわかりいただけると思います。
 作者の歌川広重(1797~1858)は江戸後期を代表する浮世絵師です。代表作『東海道五十三次』をはじめ数多くの名所絵を手掛けていますが、当時の人々にとって旅行は気軽にできるものではなく、名所絵の依頼が入る度に現地へ取材にいくことは難しかったようです。そこで広重は名所絵制作に際し、まだ見ぬ風景を描くため、既に刊行されていた名所図会(観光名所のガイドブック)から各地の図様を参照したと考えられています。(東北大学大学院文学研究科)

【参考文献】
折井貴恵「歌川広重」(小林忠監修『浮世絵師列伝(別冊太陽)』平凡社、2006年)
山口桂三郎責任編集『名品揃物浮世絵 12 広重Ⅲ』(ぎょうせい、1992年)

【図の出典】
ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-7587?locale=ja)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(図1)「陸奥 松島風景富山眺望之略図(『六十余州名所図会』)」
              (1枚、嘉永6年(1853)、東京国立博物館蔵)

 

 

 

 

 

 

 

 

(図2)「ナコメ」「白ハマ」部拡大(図1をもとに筆者作成)