コラム:知られざる地誌と資料の継承(鈴木淳世)

部門では仙台伊達家の家臣・加美町塩澤家文書の調査を行っており、目録作成を進めていますが、その際、ある書物に目が引き付けられました。それは、仙台藩領陸奥国気仙郡高田村(現岩手県陸前高田市)出身の医師・相原友直(1703~1782)の著書『南宗房物語』(宝暦9年〈1759〉10月13日直書/天明9年〈1789〉春序)です。友直は儒学者・佐久間洞巌(1653~1736)などから教えを受けた比較的著名な知識人であり、彼の著書のいくつかは『仙台叢書』にも収録されています。特に、奥州藤原氏の本拠地・平泉(現岩手県西磐井郡平泉町)に関連する『平泉実記』・『平泉雑記』・『平泉旧蹟志』などの地誌は「実地」調査と文献調査を組み合わせた考証的なものであり、源義経(1159~1189)の「北行伝説」をいち早く批判したものとして知られています。しかし、写本がほとんど存在せず、広く認知されてこなかった著書もありました。その知られざる著書の一つこそ『南宗房物語』であり、目が引き付けられた理由でした。この書物には、十和田湖・八郎潟・田沢湖の創造に関係したとされる僧侶・南宗房(南宗坊)とマタギ・八郎太郎(八郎)の伝説、いわゆる「三湖伝説」の概要が記されています。「三湖伝説」の形成過程自体、いまだ詳らかにされていないことを想起しますと、同書は北東北の伝承研究に一石を投じるものと言えます。また、同書からは、上記の伝承に関連する「昔物語」の考証を行っていたことも読み取れますので、友直自身の思想形成過程を考える上でも貴重な資料と見なせます。
なお、塩澤家文書には、同じく仙台伊達家に仕えていた親類の里見家の資料も保存されています。その内容を解読してみますと、里見家が宝暦12年(1762)に相原友直の次男・藤右衛門定式(1742~1804)を聟養子としていたことが確認できます。このことから、定式以降、友直の関連資料は里見家にも継承され、現在の塩澤家文書へふくまれることになったと推察されます。

 

 

 

 

 

関山中尊寺(平泉) 筆者撮影

 

 

 

 

 

 

『南宗房物語』の抜粋(加美町塩澤家文書20-20)

◎関連コラム
藤方博之「『封内土産考』著者・里見藤右衛門について」
https://uehiro-tohoku.net/works/2021/2821.html