コラム:刀匠と白石

「日本刀」という言葉を聞いて、皆さんはどんなイメージを持ちますか?
外国の方とお話しをしていると、「サムライ」や「ニンジャ」のイメージとあわせ、特に興味のある日本文化の1つとして認識されているようです。日本でも実際に手に取ってみる機会は滅多になく、どちらかといえば特別な文化として捉えられているのではないでしょうか。
一方で近年、ゲームやアニメの影響により、かつてないほど日本刀への関心が高まっていることを感じます。どこに魅力を感じるかは人それぞれだと思いますが、造形の美しさ、製作工程の奥深さ、武家社会で刀剣の果たしてきた役割、刀匠の系譜、個々の刀にまつわるエピソード、鞘(さや)や外装に込められた技術など、どれをとっても豊富な内容を含んでいます。
仙台藩では、本郷国包(ほんごう・くにかね)系をはじめとして、余部安倫(あまるめ・やすとも)系、庄子包蔵(しょうじ・かねくら)系など、8系統のお抱え刀工がいました。『仙台藩刀匠銘譜』によれば、白石にも貞俊(さだとし)、幸茂(ゆきしげ)、友房(ともふさ)、忠良(ただよし)がおり、貞俊は水戸9代藩主徳川斉昭のお抱え刀工だったと言われています。詳しい経緯は分かりませんが白石に移り、「白石貞俊」と銘した作品を残しています。銘に「白石」とあるのは嘉永3年(1850)から安政4年(1857)まで確認でき、安政年間の初めごろ涌谷に移住したと伝えられています。貞俊は「一流斎」と号しており、明治までの作品が残っています。貞俊以外の3人は詳しいことが分かりませんが、幸茂は寛政9年(1797)、友房は安政~元治年間(1854~65)、忠良は天保~元治年間(1830~65)に活躍したようです。
白石では、現在も刀匠の宮城典真(のりざね)氏が作刀を続けており、多くの優れた作品を世に送り出しています。鹽竈神社博物館では、典真氏の父であり、師匠でもある宮城昭守氏とともに製作・奉納した太刀がお正月の企画展で展示予定です。また、白石城歴史探訪ミュージアムでは、宮城昭守氏の作品が常設で展示されております。この機会に、技術の粋がこめられた作品をぜひご覧ください。
(播間優佳 白石市教育委員会)

 

 

 

 

 

 

 

 

【宮城典真氏の手による太刀】
刃文の種類は、「丁子刃(ちょうじば)」といいます。

<参考文献>
・財団法人日本美術刀剣保存協会宮城県支部編(1973)『仙台藩刀匠銘譜』
・茂木裕樹(2013)『仙台藩の刀工』大崎八幡宮 仙台・江戸学実行委員会発行

<参考URL>
・白石城歴史探訪ミュージアム http://www.shiro-f.jp/shiroishijo/museum/index2.html
・鹽竈神社博物館 http://www.shiogamajinja.jp/museum/index.html