コラム:日本酒をめぐる近代史(吉川紗里矢)

 今の職場(税務大学校税務情報センター)に奉職してから、近代酒税の歴史や酒造りの史資料に触れるようになりました。租税の歴史は、知っているようで知らない分野です。高等学校の日本史でも、古代の租庸調から近世の年貢や運上、冥加までは扱われます。受験生を悩ますような内容であり、丸暗記しては忘却される存在です。ところが、近現代になると話は別です。地租改正ぐらいは記載されたとしても、現代日本の礎となっている税制の歴史はまず触れられることはありません。まして近現代の租税史は未知の領域でした。こうした分野を切り開いていたのが、今の職場です。
 近代日本の財政的基盤は地租と酒税でした。この二大税目は、近世日本の租税が変容したうえで、大正期まで国家財政を支えていました。地租は実地調査や地券発行によって、よく知られています。もう片方の酒税は、国税第1位になった税目でもあることはあまり知られてはいません。
 東北地方でいえば、どぶろくの取締りがあまりにも有名です。これは、国税における酒税の位置が大きすぎたためです。しかし、近代酒史は一面的ではありません。例えば、東北の近代酒史では、箱石東馬による酒類改良運動が特筆に値します。彼は収税職員から「脱サラ」をして、東北地方の日本酒の品質向上に寄与した人物です。その醸造法は著作『実行清酒改良醸造法』に記されています(藤原隆男『近代日本酒造業史』、1999年)。彼のように、酒税行政に従事した経験から日本酒の品質向上に関わった人物は意外と多くいます。
 今日、東北各地には数え切れないほどの銘酒があります。これは箱石東馬を始めとした、新たな日本酒造りに邁進した醸造家たちのおかげでしょう。そうした人たちに感謝しつつ、乾杯をしてもいいのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

(写真)箱石東馬『実行清酒改良醸造法』(国立国会図書館所蔵、明治22年)