コラム:「拓本の力」(管野和恵)

 収蔵庫にどうにか空きスペースを作ろうと箱や棚を点検していて、筒状の画仙紙の束が目に留まりました。板碑や句碑・歌碑・記念碑など、まくり(表装していない状態)の拓本でした(写真1)。平成10年代から20年代にかけて、博物館友の会で積極的に活動してくださっていたWさんが、市内外でめぼしい石碑の拓本を取って、ご寄贈くださったものです。
 数年前になくなったWさんは、展示や収蔵資料に関する文献、見学した遺跡のパンフレット等をお持ちになり、いろいろと教えてくださる方でした。石碑の拓本も、「こないだとってきた、大変だったよ」と、たまに博物館にお持ちになります。しかし、まくりの状態では展示も難しく、表装を頼む予算もないまま、今に至るのでした。手にした時、次の企画展のテーマが「文字」であったことを思い出しました。後の世に伝えたい言葉を刻んだ石碑、それをその大きさのままに写し取った、この拓本を生かすことができそうです。
 須賀川で江戸時代に活躍した蕉風の俳人・市原多代女〔安永5(1776)~慶応元(1865)〕句碑の拓本がありました。「なつかしやいつの昔の松一本  八十九晴霞多代」(写真2)。須賀川市史には載っていましたが詳しい場所は書かれておらず、博物館に写真もありません。しかし、実物から直接取った記録であり、まさに実物大である拓本から、現地で句碑を目の前にしているような迫力を感じます。資料の存在感までも写し取る拓本の力に感動するとともに、大きい画仙紙とバケツを手に、汗だくになりながら石碑と格闘するWさんの姿を思い出し、存命のうちに裏打ちなどして展示できればよかった、と申し訳なく思いました。
 市内の石碑には、風雨や日照による劣化が進んでいるものもあり、非接触で行えるデジタルな記録の推進や、いずれは3Dプリンタでの複製を、と考えています。でもWさんと拓本たちは、土器と埴輪の拓本しか取れない私に「その前にあなたも石碑の拓本くらいやってみたら」と言っているかもしれません。(須賀川市立博物館)

 

 

 

 

 

 

(写真1)

 

 

 

 

 

 

(写真2)

*須賀川市立博物館企画展「文字の力」10月24日~12月3日で展示しております ⇒ ホームページ
 お近くの方はぜひお出かけください。