コラム:山水図の制作背景に目をむける(萬年香奈子)

日本を含む東洋において、雄大な自然や穏やかな山村を描いた山水図は様々な国・宗教・身分階層に受容されてきました。山水をかたどったのは絵画作品ばかりではありません。日本の庭、枯山水は「仮山水」と書き表すことからもわかるように、山水図と同様、山水の形を表現するものです。美術史の世界では、山水図や枯山水は、時間的・空間的な制約があって実際に足を運ぶことのできない場所(例えば遠く離れた故郷や憧れの地)を身近に再現しようとしたものと考えられています。なぜ人々はこのようにして山水を求めたのでしょうか。私は特にこの点に関心を持って研究を行っています。
実際に私が大学院で研究している作品は、室町時代に制作された京都大仙院襖絵・伝相阿弥筆「山水図」です。大仙院は臨済宗の大寺院である大徳寺の塔頭で、大徳寺住職を務めた高僧の墓を守る役割をもって成立します。「山水図」はこの大仙院の中でも、主に法要を行う「室中」という間に描かれました。この作品は「山水」の中でも中国洞庭湖周辺の名勝を指す「瀟湘八景」を主題として描かれています。瀟湘八景は当時様々な形式で描かれた画題ですが、なぜこの作品がこの場所に描かれたのか、この作品は何を意味しているのか、詳しい事情は分かっていません。「山水図」の制作理由を明らかにするべく、現在は主に禅僧たちの詩文集に基づいて、室町時代における「山水」「瀟湘八景」を考えています。
禅僧の詩文を読んでいると、彼らの教養の高さに驚かされることがとても多く感じられます。室町時代の作品を検討するにあたって、室町文化の先導者を担った禅僧たちの価値観を理解することは必要不可欠です。彼らの考えを理解するため、自らの知識や教養を高めつつ、室町時代の美術作品のありように迫っていければと思います。