コラム:8代将軍徳川吉宗とライチョウ(中尾喜代美)

日本の本州中部の高山帯に生息しているライチョウは、国の特別天然記念物で絶滅の危機に瀕している鳥です。近年は生息環境の悪化に伴い、個体数が急激に減少しています。ライチョウの保全について理解を深めていくため、昨年(2020年)、岐阜県で第19回ライチョウ会議が開催され、大会にあわせて『神の鳥ライチョウの生態と保全』(楠田哲士編著、緑書房)が刊行されました。この中に、延享元年(1744)、徳川吉宗の命令によって飛騨国の乗鞍岳(岐阜県と長野県にまたがる火山群、最高峰の剣ケ峰は標高3,026メートル)のライチョウが捕獲され、江戸へ運ばれるまでの顛末を執筆しました(中尾喜代美「江戸時代のライチョウの捕獲と献上」)。
吉宗の好奇心の旺盛さに驚かされますが、この事件は『岐阜県史 史料近世八』(1972年)に収録された「乗鞍嶽雷鳥一件書上」という史料に記されています。原資料は、陸奥国弘前藩の大名津軽家に伝来した史料群に所在し、国文学研究資料館にて画像が公開されています。ライチョウの足と思しき画像が見え興味が尽きませんが、なぜ津軽家に飛騨国のライチョウに関わる史料が残されているのか、今後の検討課題です。
乗鞍岳から江戸へ送られた3羽のライチョウのうち雌雄2羽は、御用絵師の家に伝えられた資料や本草学者が作成した図譜等に、写生図が残されていました(前掲『神の鳥ライチョウの生態と保全』参照)。江戸時代の写生図は、実物の写生というより絵図からの写し(模写)の意味があり、吉宗が実見したと思われるライチョウは、思いのほか模写図が確認できました。どのような形で写されていったのか要検討ですが、コロナ禍により調査は難しい状況です。いまは国立国会図書館デジタルコレクションをはじめ、全国の大学や図書館・博物館・文書館等でデジタル画像が公開されています。各機関で利用可能な画像を用いながら、考察を進めていきたいと思います。
(元岐阜大学地域科学部地域資料・情報センター)

 

 

 

 

 

徳川吉宗に献上されたライチョウの模写図
伊藤圭介編『錦窠禽譜』2編20巻(左)・毛利梅園『梅園禽譜』(右)
(出典:ともに国立国会図書館デジタルコレクション)

◎参考 緑書房 書籍情報
https://www.midorishobo.co.jp/SHOP/1579.html