コラム:カナダ移民 そーえもんの里帰り(梅津恒夫)
2021年に佐藤正弥・梅津恒夫・舩坂朗子著『カナダ移民のパイオニア 佐藤惣右衛門物語』(南北社)を発行しました(写真1)。本書は登米市東和町錦織出身、私たちきょうだいの大伯父(祖母の兄)である佐藤惣右衛門(1876-1956)の伝記・家族史です。カナダ日系人の戦時下強制移動と、戦後日本の出発にも力を入れて執筆しました。
佐藤惣右衛門は明治期、フレーザー河畔の小さな島と対岸に、盟友・及川甚三郎(「及甚(おいじん)」)と協力し、登米の人々と「家族のように睦まじき宮城県人の村」開拓に苦闘しました。新田次郎の小説『密航船水安丸』(1979)では、82名の航海・上陸の辛苦が、留守を預かった惣右衛門を及甚がねぎらう形で紹介されています。
小説では「佐藤惣右衛門回想録(及甚伝)」(小野寺寛一『カナダへ渡った東北の村』1996所収)が大事な参考資料になりました。この回想録は、及甚の良き協力者・惣右衛門が、及甚を追悼し綴った伝記です。その文章が日本に渡った経過は一つのドラマです。新田次郎がカナダ取材の折に、水安丸で渡航した後藤文治の息子文五郎から「及甚を書くにはまず佐藤惣右衛門さんを調べるべきです」との助言を受けて、惣右衛門の甥(佐藤弥市)を訪ねます。そこで弥市が1960年代に受け取った回想録を借り、小説を書いたとされます。
私たち著者3人は、惣右衛門没後57年、2013年のカナダ取材により、惣右衛門の妻(とゑ)の姪(マーガレット)から、惣右衛門の回想録自筆原稿を見せられ、息をのみました。しかもニューカナディアン紙(唯一の日系新聞)の梅月編集長宛の「添削の上ご掲載願う」との下書きもあり、惣右衛門―梅月―(12年)-弥市―(15年)―新田次郎と渡ったわけと道筋がわかったのです。本書には、小野寺書との異同も調べ再録しました(写真2)。
もう一つ「八千里百有余人慰問往訪」と記された、移民関係者が惣右衛門晩年の消息を知らせた弥市宛の手紙をご紹介します(写真3)。びっしり書かれた手紙の中に、偶然、発見した僅か1、2行の言葉。それは、惣右衛門が「八千里(カナダ東西を3回半往復するほどの距離)」を、「百有余人」すなわち「旧年起居を共にせし人々の家庭を慰問往訪」したことが記されています。惣右衛門が病いをおして、人生最後の仕事に大きな旅を選んだことに筆者は、一成功者・事業家の枠を越えて、歴史的な辛酸をなめた日系人2万人の深い悔恨と、もっとも人間的な、根源的な思いを感じたのです。
小説『密航船水安丸』では、帰国した盟友・及甚が人生最後の夢を広淵沼干拓に賭けたこと、沼周辺に菜種を蒔いて「種は芽を出しやがて菜になるだろう。誰がその葉を摘み取って食べてもよい。そしてまた春になれば花が咲き、種がこぼれ、そこにまた新しい菜が目を出すだろう」と語ったことが紹介されています。「書いたものは残る」との西洋のことわざがあると聞きました。著者にとって、この二つの史料とめぐり合うことで、この惣右衛門物語の最終章を書き終えたと言えます。
最後に、「そーえもんの里帰り」について、講座のご案内をいたします。2024年8月31日に仙台郷土研究会郷土史入門講座にて報告させていただくことになりました。惣右衛門がみやぎ・仙台に帰ってきます。どうぞみなさん、話を聞きにいらしてください。(山形県長井市在住、仙台郷土研究会・会員)
【8.31仙台郷土研究会郷土史入門講座(映像と報告の集い)のご案内】
「カナダ移民 そーえもんの里帰り」
報 告:佐藤正弥・梅津恒夫
日 時:2024年8月31日(土)13:30〜15:00
会 場:仙台市戦災復興記念館
受講料:会員200円、会員外400円
問い合わせ:梅津恒夫nagai_umetsu@yahoo.co.jp
仙台郷土研究会・高橋昭夫taihaku5233@hotmail.co.jp
(写真1)『カナダ移民のパイオニア 佐藤惣右衛門物語』表紙
(写真2)「佐藤惣右衛門回想録(及甚伝)」(『カナダ移民のパイオニア 佐藤惣右衛門物語』所収)
(写真3)「八千里百有余人慰問往訪」と記された手紙(『カナダ移民のパイオニア 佐藤惣右衛門物語』所収)